お通夜

   

DSC_0075

今、お通夜から戻ってきました。

大切な人がまたひとり、たびたってしまいました。

 

今日は僧侶の方がお通夜でされた法話をお伝えしたいと思います。

 

通夜の起源はお釈迦さまが入滅された時、その死を悲しむ弟子たちが

お釈迦さまを 偲んでその教えを夜を通して語り合ったことに由来してい

るそうです。

 

まさに夜を通して、た だただ悲しむだけでなく、亡くなった人の思い出や

その人に対する思い、その人から教 わったこと、影響を受けたことなど、

自分の人生の中でのいろいろな関わりを整理し、自分のこころの中に

きざむための、大切な時間なのです。

 

できれば灯明を絶やす事なく、朝まで家族、親族が亡骸のそばで見守って

あげたいものです。

 

斎場などでは宿泊のでき ないところもあります、ですが可能なかぎり、

夜通しそばにいてあげましょう。

 

また、 会葬に来ていただいた方との時間もできるだけ優先し、たとえ一言

でもよいですから、 お礼を言えるのが理想的なお通夜といえるでしょう。

 

さて、通夜での法要ですが、本来は故人のために家族、親族など、身近な

人たちの前 で僧侶がお経をあげ、冥福を祈るものです。

 

ですから、家族、親族も僧侶と一緒になっ てお経をあげたり、故人の冥福を

ともに願うのが自然の姿なのです。

 

 

そして、故人を想う人が夜通し棺のそばにいて、思い出を静かに思い起こす

ための夜なのです。

 

 

しかし、もちろん地域によりますが、最近では通夜に会葬者がたくさん見えることが

おおくなり、喪主や家族、親族が僧侶の読経中にも会葬者への挨拶で忙しく、とても

故人の冥福を一心に願う余裕さえなくなってきています。

 

こうしたことは社会環境の変化や、人々の死者に対する意識の変化、通夜、葬儀式の

儀礼化など、いろいろなことによるものですが、本来の意味を忘れる事なく臨みたいも

のです。

 

以上が、僧侶からのお話の内容です。

なるほどと思うことや、考えさせられることが多いお話でした。

 

私は自己中心的な人間なので、自分が亡くなった時のことを直ぐ考えてしまい

自分の通夜にどれだけの会葬者がいるのだろうと思うと、急にいい人にならな

くてはと、浅はかな考えをしてしまいます。

 

そうして、自信のない私は密葬にすればいいかな?などという思考がますます

自己嫌悪に陥っていく、悲しい夜です。

 

 

 

 

 - スケッチブック